おかげさん・1 

              

            途中で止まっていた高さ28pの観音さまを仕上げました。
            所どころ粗削りではあるが、これはこれでいいだろう。
     
               明けましておめでとうございます。
    今年も 人さまに 活かされ 生きていけることを願い 感謝の心を忘れずに

朝6時に起きて先ず新聞を取り入れ、いつも通り第1ページの「朝の詩(うた)」と
「朝晴れエッセー」に目を通した。
今年第一回目の「朝の詩(うた)」には投稿者の祖母と母がかまどの傍らで元日の
食事の用意をしてそのあと家族9人が食卓を囲み新年の挨拶をしていた姿が書かれていた。
「朝晴れエッセー」には投稿者の母が看護師をされていて日曜しか休めないので今年の元日は
母のいない元日だが母を待っている患者さんが居ることとそれに応える母を尊敬して自分も
看護師を目指す娘さんの言葉が書かれていた。
昨日大晦日の「朝の詩(うた)」には嫁ぎ先の暮らしになじめず一度だけ職場に向かわず実家に
たどりつたとき「柳の木みたいに風になびいていたらええのや」と母に言われ母にすがって泣き、
その言葉に勇気づけられたことが書かれていた。
そして「朝晴れエッセー」に書かれていたのは76歳の投稿者が高齢者講習のため、
出かける前に「南無大師遍照金剛」を唱えているうちに脳内で(危ないし、返上、今後)と
変換されていた。そして、講習のあと車で迎えに来てくれた妻と途中から運転を交代して
走り出すと妻が「信号、黄色やで!」一旦停止の所では「止まりや!」と念押しの連続。
いつもなら「うるさい、分かってるわ!」と言い返すところが、そこは素直に「はいっ!」
・・・思わず吹きだすと同時に「うまいこと書くなぁ」と感心した。
以前にも書いたが「朝の詩(うた)」・「朝晴れエッセー」は庶民の家族愛・友人他の人たちとの
あたたかい言葉・戒めの言葉などが記されている素晴らしい法話です。

そのあと自室に戻り50分程の「新世界」 
Youtubeでhttps://www.youtube.com/watch?v=jOofzffyDSA を聴いたあと
1階の台所で食事の準備。

     子供たちが小さいころ10年程は
百貨店他のおせちを楽しんでいたが一巡したあとは
妻がおせちを作って子供たち家族に贈っていた。5年前に妻が認知症と診断されてからは
毎年阪急のおせちを注文している。
すまし出しのぞうにを作って妻に出すと
「おいしいわぁ」と言って食べてくれた。
1時間ほどの夫婦だけの祝い膳。

*出された答えを受け止める・・・
 6月で78歳を迎えますが、体力の衰えと頭の回転が鈍くなってきているのが身に沁みます。
 が、歳を重ねると体力の衰えと頭の回転が鈍くなるという
出された答えを受け止め
 今、自分がおかれているすべての状況を素直に受け入れ、それに応じた対処を
 無理なく対処していかなくてはと思います。
歳だから、歳だからで逃げないで
 お釈迦さまの言われた「今・此処・我を切に活かし生きなさい」を年頭の戒めとして受け修め
 縁ある人の「おかげさま」で日々を送らせていただけるのを感謝して一年を過していきます。


  いとも麗しい国王の車も朽ちてしまう。身体もまた老いに近づく。
  しかし善い立派な人々の徳は老いることがない。
  善い立派な人々は互いにことわりを説き聞かせる・・・中村 元/ダンマパダ151句


  破戒なりとも還(かえって)得受(とくじゅ)せば清浄(しょうじょう)なるべし。
  懺悔
(さんげ)すれば清浄なり。道元・随聞記1一6
  たとえ戒を犯しても、懺悔し、また戒を受けるならば、善人となり、老いることがない
  ・・・片山一良/ダンマパダ

  歳を重ねてこそ懺悔の心を忘れてはいけない。至らぬことがあれば自問自答する姿勢は
  老いを越した気力が生まれ出るのでは?

  
*男の料理にチャレンジ・・・
 昨年10月中頃、妻がいつも通り自転車で2時間ほど買い物で出かけていたが帰って来ると
 疲れ果てた表情でソファーに座り込んでしまった。
 「何処へ行ってきたんや?」と聞くと「わかれへん」と言って暫らく横になっていた。
 自転車に取り付けているGPSの記録をスマホで見ると途中で反対方向へ行ったのがわかった。
 よほど怖くなって必死に帰って来たのだろう。
 それからは妻が楽しみにしていた自転車での買い物に行かなくなった。
 ラインで娘に連絡すると「ばあば進んできたんやなぁ。
 でも、あちらこちら行かなくなると今のところ徘徊の心配はないかなぁ」との返信。
 それからは掃除・洗濯・風呂洗いの他に料理が増えたけど何とかこなしている。

 ノートパソコンでYoutubeの料理を見ながら男の料理にチャレンジが始まった。
 一番最初は妻のリクエストでにしんそばもう何種類作っただろう?
 妻が「美味しい」と言って食べている姿と料理をラインで娘に送るのが日課となった。
 娘が来たときにじいじのスペシャル焼きそばを出すと
 「美味しい、ものすごく美味しい。お父さんの手料理を食べるなんて夢にも思わなかった」
 と言ってくれた。
 認知症の妻が私に仕事をつくってくれたんだ。の想いで
男の料理にチャレンジしています。

                 次回は その2 です

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